音楽生活を振り返る日記~大学時代~

心に寄り添うピアニスト、山口美智代です♪

今回はわたしの大学時代の音楽生活について触れていきます。


普通高校を卒業し、尚美学園大学のジャズ&ポップスコースに入学してからわたしの音楽漬けな生活がスタートしました。

もちろん、高校の時も好きな音楽を聴いて、音楽番組を見て、ライブに行き、ピアノも好きなのを弾いていましたが、大学から本格的にプロになるための技術を磨き始めました。


きっと音大というところは上手い人がたくさんいて、ライバルもたくさん出てくるんだろうなって思ってたのですが、ふたを開けてみたら真面目に授業を受けていた人は同学年で数人で、遅刻は当たり前、遊びで授業をサボるなんてことが当たり前の同期にガッカリしました。

音楽以外の必修科目でやる気がなくなるのはわからなくもないですが、音大に来ておいて音楽関連の授業をサボるというのは、自分には理解できませんでした。


そのため競い合う仲間がいないという残念さを感じましたが、とはいえ全く仲間がいなかったわけではなく、休み時間にセッションできる仲間はたくさんいたし、素晴らしい先輩方もたくさんいたので、そういう仲間とのかかわりや先輩を目標に自分は自分なりに学びを深めることにしました。

毎日遅くまで残って練習やセッションをして過ごしていました。


本当はCDをたくさん買ったほうがよかったのですが、当時はお金がなかったので、当時バイトしていたレンタルショップの社割を利用してCDレンタルたり、学校の図書館のCDを毎日1枚ずつ借りたりして音楽の知識も深めるようにしていました。

今まで聞いていなかった洋楽を聴くようになったり、ジャズやポップス以外のいろんな音楽を幅広く聞くようになりました。


2年の時にはニューヨーク研修に行く機会があり、思い切って参加しましたが、当時のわたしにはまだ知識も技術もなかったので自信がなく、本場のセッションに参加することはできませんでした。

今思えばもったいないことをしたなあと感じました。


日本で演奏していると、「そんなのジャズじゃない」「なんだそのアドリブは」と言われることが多く、何が違うのかよくわからなかったし、そう言ってくるわりにそこをきちんと教えてくれる人もいませんでした。

正直、ジャズが嫌いになっていた時期でもありました。


研修時、ニューヨークの学校で体験授業をしたときはめちゃくちゃ感動しました。

それに、生徒同士のセッションの授業で、言葉はわからないけど、お互いを尊重し合っているような、そんな雰囲気さえ感じ取り、日本とは全然違うな、と思ったのを覚えています。

「お前なんだそのアドリブは」って、同じことを言ってるんだけど、少し冗談交じりでちゃんと相手への敬意を感じたのです。

日本人の完全否定な雰囲気とは全く違いました。


そんなこともあって、帰国後は少しだけ人目を気にせず楽な気持ちで演奏に臨むことができるようになりました。

さらにそんな折に先輩から教えてもらった上原ひろみさんやミシェルカミロのCDを聴き、新しいジャズのかっこよさに感動しました。

あ、こんな弾き方もしていいんだ!って思いました。

自分が触れてきた音楽についてはまたもっと詳しく別の機会に書きます。


それから自分なりに好きなジャズを追及して、人前で積極的に演奏するのも楽しくなってきました。

同じように頑張れる後輩なども増えてきました。

3年には外部からお仕事ももらえるようになったりしました。

4年時には一番難しいジャズ理論の授業を一人で受け、マンツーマンレッスンのような形でしっかり教わることができました。


なにより大学4年間ずっと個人指導してくださった守屋純子先生の演奏のかっこよさにあこがれ、在学中から卒業後も何度かライブに行ったりしました。

母親のように可愛がってくださり、本当にお世話になり、感謝しています。


現在はほとんどジャズの演奏のお仕事は少ないのですが、大学時の基礎を学んだからこそ、今の自分の音楽が確立したと思っています。



いろいろつらかったこともありましたが、ここにきてよかったなと思っています。

ジャズに限らず音楽業界で大活躍している先輩、同級生、後輩もいるのでとても励みになります。


ここからわたしのプロミュージシャンとしての生活の幕開けになります。

それについてはまた今度。

最後までお読みいただきありがとうございました。

※写真は大学卒業式。太ってるなあw


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